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早朝の雷鳴を伴った悪天も、初めて見る二重の虹ととともに晴天へと変わり、十月三日の称名寺境内でのイベントは終了した。凄い人の波が、まだ地面が濡れている午前十時頃から日暮れまで途切れることなく続いていたが、夜のコンサートが終わった今は、スタッフとボランティアの人達だけが静かな境内のそこかしこに残っているだけだ。 私は、疲れた頭と体がまるで自分の物でないような、それでいて頭の中が澄んでいくような不思議な感覚にとらわれていた。1年以上準備した、金沢文庫・称名寺芸術祭のメインイベントが終わってしまった。 仕事を持ち家庭を築き守っていく、このごくあたりまえのしかし簡単ではないことを積み重ねる日々の中で、心の中に「何か満たされない思い」があるということはありませんか。私の場合、何かをしたいのに何をしたらよいのかわからない、かといって趣味に打ち込んでもやはり物足りないという思いを消すことはできませんでした。私の場合それに加えて、大阪出身で地元の友人が少ないということが相乗的にそのような気持ちをより募らせていったのでしょう。 ところで、「コレクション・ハウス」というコーヒーショップが、称名寺の参道にあります。このお店は、オーナーの人柄なのか、見知らぬ客同士が友達になっていく不思議なお店で、私が時々顔を出すのもコーヒーの味と、私にとって数少ない地元の友人に会えるのがとても楽しみだったからです。また、このお店は今回の芸術祭の発祥の場所となっています。 そして、この金沢区に暮らし始めて海と緑のあるこの土地にとても惹かれていた私は、ここで芸術祭のスタッフに誘われました。元々、音楽や絵が大好きな私は「自分にも何かできるのでは」という気持ちから参加したのですが、本当に実現できるのだろうかという不安もありました。なにしろ、全国的に見ても実施例がそう多くないアートフェスティバルを、行政の力を借りずに自分たちの力で、資金集めから全てやろうというのですから。 予想どおり連日多忙な日々が続きました。私は渉外担当なので、昼間は後援や協賛を各企業等にお願いに行き、夜はイベントまでの段取りを考えるという具合で、芸術祭の数カ月は一番忙しくそしてまた一番楽しかった頃でもありました。なにしろ少ない人数で未経験の仕事をこなしていくのです。毎晩のように深夜一時過ぎまでスタッフが仕事をしていましたが、それでも皆楽しそうでした。 考えてみれば、今までは何をするにして教科書やお手本がどこかにありましたが、今回は、誰の指図も受けずに自分たちで考え行動しなければなりません。そしてこれこそが自分の求めていた「何か」であり、いつしか自分の中野満たされない思いは消え去っていきました。 また今回の芸術祭を通して、多くの人々との出会いがありました。とりわけ今回の発起人の一人で、チーフプロデューサーもある浅葉っ和子からは大きな影響を受けました。彼女は、決して「NO」を言わない人であります。勿論、これは彼女が「諦めることをしない」という意味であり、どんな難題が持ち上がっても諦めずに前向きに対処しようとするので、周りの人たちは引きずられて前のめりになりながらもついていってしまうのです。 いつのまにか私も、「必ず、芸術祭は実現出来る」という確信をもつようになっていきました。 そして第一回金沢文庫・称名寺芸術祭は、協賛してくださった人たちをはじめとしてアーティスト、ボランティア、来場者等々多くの方に支えられて開催することができました。また同時に、多くの人たちの心の中に、「素晴らしい何か」を残すことが出来たように思います。 この金沢文庫・称名寺芸術祭から新しいうねりが起こり、子供たちにアートと触れ合う機会を作り出し、そして自分自身も充実した日々を過ごせるようにこれからも携わって行きたいと思っています。 金沢文庫称名寺芸術祭事務局 〒236-0015 横浜市金沢区金沢町205 地図はこちら メールでのお問い合わせ art21@seaple.icc.ne.jp
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