「タロさん×横浜市長」で考えた。文・みなみな
いつも悔しい感情を持っている人

わたしはいわゆる障害のある人が身近にいない。
(どこからどこまでが「障害のある人」かという事はともかく。)
だから結局のところ他人事で無責任だけど
目が見えない人や足の不自由な人を見て「かわいそう」とは思わない。
かわいそうか、かわいそうでないかなんて、見たってわからないからだ。
ただ「大変そうだな。」というのはいつも感じている。

生まれつき手足があるんだかないんだか、申し訳程度についているんだか
よくわからない有名人乙武氏は「元々こうだから不便ではない。」と
言っているが、みんながみんなそうではない。

タロさんのように事故で後天的に障害者になった人だっているし
生まれつきの障害者でも「五体満足だったらなぁ・・・。」と
いつも悔しい感情を持っている人だっているだろう。

やはり健常者(変な言い方だけど)と同じように日常生活を送るのは
「大変」なんだと思う。

かわいそうだから何とかしてあげたいんじゃない。
大変そうだから少しでも楽になればいい。
人間大変なのはしんどい。(しんどくない人、ごめんなさい。)
しんどいとストレスが溜まる。
ストレスが溜まると自分にも他人にも優しくなれない。
みんなが殺伐としているとロクなことがない。
まわりまわってこっちまでとばっちりが来るかもしれない。
そんなのはいやだ。

ということで、わたしは障害のある人が少しでも楽に
普通の生活が出来る、または近付くことの出来る環境だ・・・ということは
いいなぁ、と思う。

自分だっていつ何が起きて、体の不自由を強いられるかわからないし。
(これがいちばんなのかもしれない、とも思う。)
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